「残夏-1945-」特別企画!演出家:野﨑美子さんとプロデューサー:大橋ひろえの対談をお届けいたします。お互いの印象から、作品に込めた思いやこだわり、果ては夢のアメリカ公演まで!たっぷり語って頂きました。

インタビューの様子
大橋ひろえと野﨑美子

 

野﨑:(ひろえちゃんは)私と同じ幸せなタイプの人間
大橋:(野﨑さんは)良い意味で演出家らしくない、オープンな人


――はじめに、お2人が出会ったきっかけを教えてください。2014年、風の器office×ヒロカワ企画×サインアートプロジェクト.アジアン合同企画「里亞王~リア~」に野崎さんが演出補佐として参加されていましたが、そこが初めての出会いですか?

 
大橋:「里亞王~リア~」のお芝居をやるにあたって、その時の演出家から「演出のサポートをお願いしたい人がいる」と話が出て、野﨑さんの名前を初めて知りました。その後、稽古場でお話ししたのが初めての出会いです。でも挨拶程度だったので、すごく深くお話しすることもありませんでした。
でも会って2度目の時「あれ?」と思うことがありました。というのは、演出家だけれど、良い意味で演出家らしくない、オープンな人。演出家のイメージは、すごく構えていてコミュニケーションしやすい雰囲気ではないので距離感を感じていましたが、野﨑さんと会った時に、良い意味で演出家だけれど演出家らしくなくて役者と演出家との距離が近い。近い中でコミュニケーションを沢山してその中で役を作るタイプの演出家さんなので、私はすごく話しやすくてモノを作るのをすごく楽しんでいる感じの人というのが第1印象でした。
 

――野﨑さんから見た大橋さんの印象はどんな感じでしたか?
 

野﨑:まぁ、類は友を呼ぶので…(笑) 同じ印象だったですけれども。
彼女は、ホントに明るくって、多分私と同じタイプのオプティミストっていうか、幸せなタイプの人間だろうな、と思いましたね、第1印象で。
ただ実は私、別の聾(ろう)の方々を通して大橋ひろえさんを知っていました。
それまで聾のみんなとは繋がりがあったけれども、私が知っていた聾のチームっていうのは「聾者だけの集まり」で劇団を作って公演をしたり、「聴者と聾者でやっている」劇団もあって、でもなかなか私達が一緒に何かできるっていうのをやったことがなかったのです。聾のみんなとは繋がりがあったけれども。
でもひろえちゃんはプロデューサーなので、劇団を作っているわけではないから、「聾者の演劇」にこだわらなくて「色んな人達と交わろう」と思って発信しているのが分かった時に、「あ、いつか一緒にできるのかな」と思っていたら、「いつか」がすぐできた!という感じですね。出会ってすぐにね。 

あの夏に被爆された人の生活が、こんなに悲惨だと思わなかった


――「残夏」の企画を立ち上げた経緯を伺ってみたいと思います。大橋さん、2013年に手話×音声朗読劇の「目で聴いた、あの夏」で同じく被爆聾者の体験の本を元にした舞台をやられていましたが、そこも何か「残夏」を作る上で基になっているのですか?

 
大橋:朗読劇の前からの話になりますけれども、友達から「こういう本どう?」と薦められました。その本がこれですよ。本『生きて愛して』(著者 仲川文江)。
 
私、この本を読むまでは、原爆とか被爆とか、ヒロシマ・ナガサキなどの言葉は聞いたことはあるのですが、すごく遠い感じでした。具体的に何も分からないけれども、歴史があることは分かっている。
ところが、この本を読み始めてから、私すごくショックだった。耳の聞こえない人が、あの夏に被爆された人の生活が、こんなに悲惨だと思わなかった。しかも家が貧しい人が多く、学校に通える人が少なかった。教育もコミュニケーションも全てが中途半端で、その状態で被爆された。原爆は障害者だけじゃなくて、健常者も大変だったと思います。その中でどうやって生きてきたのか、どうやってコミュニケーションをしてきたのか、どうやって食べていったのか、ものすごく興味を持ちました。
 
読めば読むほど、彼らの生命力の強さに圧倒されて、逆に「今の私達ってこんなんでいいの?!」という複雑な心境になり、そこがあってこその今の私達なんだと、そういう感情が生まれました。
だからこれで終わりにするのは嫌で、「被爆した聾者たちのことをもっと知ってもらわないとダメだ」と思いました。「みんなにもっと伝えたい」という気持ちがあって、じゃあ何から伝えたらいいのかな…と思ったら、やっぱり自分の仕事は演劇をしているので演劇を通して皆さんに伝えることができるのではないかと思い、まず朗読を始めました。それが「目で聴いた、あの夏」。
3人の俳優たちが朗読をやって、その反応が私達が思っていたよりも非常に大きく「もっとこういう話を聞きたい」とか、「あの夏をもっと聞かせて」「被爆した聾者達のその後はどうなったの?」という声をたくさん頂いたので、「じゃあ今度は朗読じゃなくてお芝居やろうか!」と考え始めたきっかけとなりました。
じゃあ、お芝居やるとしたらどうするか。そこでピンと来たのは、コーダ(親が聾者である聴者の子供)である『生きて愛して』を書いた仲川文江さんに似ていると言ったら米内山陽子さん(※劇作家、演出家。「残夏—1945-」の脚本を担当)しかいないと思った。
まず彼女に「脚本を書いてください」とお願いして、「じゃあ、今度演出家はどうする?」となった時に、野崎さんのことが頭に浮かんでいました。
「なんで?」と聞かれても分からないのですが、きっと野崎さんだったらこの世界をしっかりと表現してくださるのではないかなと思ってお願いした記憶があります。
 

本「生きて愛して」(広島)/本「手よ語れ」(長崎)/「残夏-1945-」チラシ

 
舞台「残夏-1945-」の動画
 

演出家 野﨑美子

演出テーマは「異文化コミュニケーション」と「仲間と幸せに生きること」


――野﨑さんは、大橋さんからお話を受けた時に抱いたこと、演出するにあたってどういったことを表現していきたいか、どういう風に作り上げていきたいなと思いましたか?

 
野﨑:2つありまして、その1つは、私は「聞こえる国の住人」ですが、異文化の人達と1つのモノを作っていく喜びを味わいたいな、という思いが、私は多分他の人より強いのかなと思います。
 
若い時に海外に出て、いろんな民族が集まる演劇をして、言語が違っても分かり合える芝居を目指して活動したのですが…日本に帰ってきて10年ぐらい経つのですが、みんな同じ言語を持っていて、まとまりやすい。ところが心の中は1人ひとり歴史が違っているわけですよね。でもそれを舞台の上で表す時に、どうしても「聞こえる国」同士の人達というのは、何か大事なモノを忘れていて、結果、大事なモノを表現する力を深めるに至らないなぁ…と思いました。そこに私はフラストレーションをいつも感じていて。あの時自分が海外に行って、言葉を理解できないけれども頑張って大事なモノを掘り起こそうとしていた、その時の自分でありたいなと、ずっと思っていて。
 
そして、聞こえないみんなとは、その「大事なモノを掘り起こす」作業ができて、「あっ、これは私が1番やりたかったことだな」と思いました。みんなで芝居という媒体を通じて幸せになっていくということを味わいたいです。
 
もう1つは、私、福島の人間でありますが、こういう災害や戦争は、自分が生きた時代に遭遇しちゃった人と遭遇しなかった人とがいると思うのですが、その人達と「地続き」であるかどうか。自分が何をその人達から受け取って、それをちゃんと劇場に出していくか。そして、やっぱり人が死ぬまで生きる最中にネガティブなことがたくさんあっても、でも生きてる人とお祭りみたいに明るく元気に生きていきたいというか、その確認が劇場でできるかなと思っています。
 
歴史上でもそうだし地域的にも世界的にもそうだし…ものすごく揺るぎない問題と、それを抱えて生きている人間達が後世に伝えなければいけないモノという、同じモノがあって。たまたま自分の手に「残夏」という台本が回ってきたから、それを仲間達と1回劇場に出してね、演劇という形で。そうやって「みんなが生きていくにはさ…」というのを確認したいですね。
その2つですよ。異文化コミュニケーション。いろいろ違いはあってもコミュニケーションは可能だし、そうやって出会った人同士、その場でちゃんとコミュニケーションを取って生きていくということですね。
 
あと、自分には無かった災いとか災害とかがあるかもしれないけれど、とりあえず、生き始めたら死ぬまでポジティブに仲間と一緒に幸せになっていこうという、この2つですね。
 
大橋:野﨑んの話を聞いて、「残夏」のキーワードは「継承」なんだと思いました。
  

決め手は「昭和顔」?


――キャストの方々はどのような経緯でオファーしたのですか?

 
大橋:キャスティングの面では、私が一緒にやりたい方・役にピッタリな方と、あと野﨑さんの方も一緒にやりたい方・合っている方とをお互いに出し合って刷り合わせたキャスティング方法でやりました。最初みんな知らない人同士から始まったのですけれども、早い時期にアッという間にチームが仲良くなれたのは、それは多分野﨑さんの人柄だと思います。

 
野﨑:いやぁ~!ひろえさんの人柄だと思いますよ?!
 
大橋:いいえ。(笑)聞こえる人たちは手話を全く分からない、知らない。「聾って何?」から始まりました。そこが最初の壁だったのかもしれないけれど、そんな壁なんかすぐに無くなっちゃうくらいにアッという間に仲良くなりました。
 
私もサインアートプロジェクト.アジアンの最初の旗揚げ公演からずっと聞こえる人と聞こえない人と一緒にやっていて聞こえる人達も「手話って何?聾って何?」から始まる。そこが一緒になっていく過程がものすごく面白いですよ。まぁ、苦しい時もあったりとか、大変な時もあるけれども、本当にそれも楽しい。なのでこの楽しさを演劇の中で経験できるのが幸せだなぁと思います。今回もすごく良いメンバーが揃って仲良く、団結力がすごいですよね。
 
野﨑:しかもメンバーのパワーがアップして。
 
大橋:上昇しました。初演からの2年間、やっぱり1人ひとりの思いがあって、それが今回の公演で出せたらいいなと思っています。手話の技術もすごく上がりましたし。
 
野﨑:あと、私がキャスティングをお願いした聞こえる人達ですけれども、ちょっと付け加えると…昭和の話じゃないですか。それで、聞こえる側の人達の顔1つひとつ、1人ひとり見た時に、「うん、昭和に生きた人の顔ってこんな感じ」というのが、なんか考えてみると、あったなぁ~と。
 
(大橋さん、野﨑さんの話の途中から笑い始める)
 
野﨑:やっぱり俳優達って、脚本を読んで、この役が誰になるかな?という風に思うでしょ?
 
大橋:そうですね!そういえば。この芝居ならではの、「顔が合う」という選び方がありましたね、そういう意見も。今思い出しました(笑)
 
野﨑:あとは、こういうコミュニケーションで芝居を作ることを「わぁ~!面白い!!」と思ってくれる人であるかどうかというのは、だいぶ考えました。私の仲間は大体みんなそうですけれども、その中でも多分、顔が昭和だったり。それで、揃えてみたら、なんか家族に見えるのですよね。
 
大橋:そうですね。
 
野﨑:よく、家族の話を作った時に…チェーホフ「三人姉妹」とかね。「姉妹ぜんぜん似てないじゃん!」というキャストが出てくるじゃないですか!兄弟なのに。なので「三人姉妹」のあの女子がみんな似たような顔していたら面白いだろうなと、私いつも思いながら(笑)
 
大橋:そうね。これを「すごく面白かった」と言ってもらうってすごく大事ですよね。あと聾の役者を選んだ基準は、やっぱり手話ですね。被爆ろう者の手話ができる表現者を選びました。やっぱり現代の手話と、昔の手話とは違うんですよ。その違いを知っている人が必要ですよね。でも今の若い人はそれを知らない人が多いから、そういう意味も含めて今回は選びました。結果良かったなと思います。
というのは、可愛がって頂いた聾の70歳ぐらいのおじいちゃんがいて、その年代の聾者と交流のある聾者と無い聾者との手話表現の差って大きいのです。手話が全然分からないから。高齢者の手話には文法がなく、日本語を第一言語としている聴者から見れば何が言いたいのかさっぱり分からない。
 
でも「日本語を持っていない」聾なら見ると大体理解できるのですよ。それは「絵のような美しい手話」ですごく綺麗ですよ。今、残念ながらそういう綺麗な手話を表現できる人が今減ってきているので、そういうところをやっぱり大事にして、この「残夏」に繋げていきたいなと思います。
 

――手話の表現が違うということですか?

 
大橋:昔の方は着物を着ている方が多かったですよね。だから着物を着ている習慣の中から言葉が作られている。例えば、日野原さん(が演じる主人公、逢沢夏実)が「帰る!もう戻ってこない」って、(手を開いて腕を上げ、顔の前を横切りながら指をすぼめていく手話)やっているじゃないですか。
 
昔の人の手話は、着物を着ているから、「帰ります」(のれんを潜るように袂をまくる手話)になるのですよ。ぜんぜん違うのです。だからみんな着物の習慣が無いから「これ何??」となるのです。時代と共に手話も変わっていくのです。
さらにそこに方言が加わる。九州弁もすごいし、手話も方言があって、もうこれは私達もぜんぜん分からない!でもそういうのもすごく大事なので、いくつか使わせて頂いています。

笑談の様子

 
 

演出家 野﨑美子

3000人分のアンコール


――前回の「残夏」ではどんな反応がありましたか?地方公演も行っていらっしゃいましたが、その時に感じたこともお聞かせください。

 
野﨑:前回は、お客様にお届けする時に、聞こえない人も客席にたくさんいる。聞こえる人もたくさんいる。台本の世界観を私達は何回も練習しているから、分かり合っちゃっているのだけれど、初めて1回だけ見る人が「誰が何を言っているのか」が分かるようにするにはどうしたらいいのかというのを、初演の時にものすごく話をした。その結果、本番の時に字幕があり、手話があり、口話がありというバランスが良かったのだろうと思うのですが、理解すると共に感じてくれた結果があったので、そこは私達が再演の稽古をする時にもう悩む必要が無いです。
 
自分達が作った初演のこういった部分は信用して、この表現だったら大丈夫、伝わる!ということで、あとは「じゃあ何を今度は掘り下げていったらいいのか」と思って再演の稽古をすると、自分が見落としていた登場人物達の小さな心のキズだったり、「ここでホントは嬉しかったはずだ」とか、「ホントは怒っていたんだ」とか、言葉の間あいだに感情が見えてくる。その意味で、再演というのは、初演の悩み・迷路には入らないという部分と、その迷路に入って出てきたモノがあったからこそ更に先の深い表現に行くことができるなと思いました。
 
初演に足を運んでくださった皆さんの反応、これは1番大切というか、宝物だなと思っています。
それは、演劇の中身の濃さにものすごく関わってきます。お客様が初演の時に東京で1000人以上、広島・長崎を合わせると3000人。この再演の芝居の土台に3000人以上の方が関わっているという風に考えると、そこをジャンプ台として飛んでいくのは大丈夫だ、と思えているのですね。その3000人の人達が「もう、飽きちゃって飽きちゃって(あくび)」とやっていたら、今、ここに「残夏」は無いのですが(笑)俳優だけが頑張って、俳優達だけが「やりたい!やりたい!」と言ってたら再演は無い。
 
私達が、舞台に出たのはたった9人、スタッフを入れるとせいぜい2~30人。その人達が3000人分のアンコールを貰っているような気分ですね。
もちろん芝居の中には手話だけのシーンと口話だけのシーンというのがあります。あえてそこは作家の米内山さんと「それは置いておこうよ、やってみようよ」と言った所で。それでお客様が困ったということが結果無かった演劇をやってきた体験があるので、大丈夫だろうと思う。初演も大丈夫だったわけですよ。それなんで調子に乗って、今回も大丈夫だと思ってやっています。 

字幕は舞台美術


大橋:私の求めているお芝居の作り方で1番すごく大事なのが、どう見ても「福祉」というものが大嫌いです。字幕は、下手するとバリアフリーというか福祉のイメージが付きやすい。でも私の中での字幕というのは、舞台美術の1つでして、これもアートです。そういう存在の字幕を作りたい。そこが今回「残夏」で1番こだわりました。
 
最初から最後まで字幕というわけでもなくて、ここの場面だからこそ字幕が必要か必要でないかというのを見極めつつ、舞台の全体のバランスを取ってこだわったおかげで、普通のお芝居の頭から最後まで理解ができたということがすごく大事だったので、その目的がクリアできてよかったなっていうのが1番大きい気持ちでしたね。
 
それと、広島に行った時に、広島で公演をやる前にある人からよく言われたのが、「もう被爆の話はいい」という人が多いということです。そういう所でこの芝居をやるってどういうことなのかな?とかなり勇気が入りました。
でもやってみたらやってみたで、たまたまこの作品は聞こえる人のことだけでなく、聞こえない人のことも触れているわけじゃないですか。だからそこで初めて触れて初めて知って、「あぁ、こういう時代もあったんだ」と、すごく感動しているお客様もたくさんいらっしゃいましたし、若い聞こえない人達にも「自分の先輩にこんなことがあったのは知らなかった」という人が多かったんですね。
長崎も同じです。長崎もやっぱり今まで聞こえない人や手話を取り上げるお芝居ってあまり無かった。だから「残夏」を公演したおかげで、長崎でも「理解の力」と言うのかな、「色んな人に広めることができました」とお礼の言葉も頂きました。
 
だからこの「残夏」のパワーは、東京・広島・長崎だけで終わりたくない!と思って。良ければ本当に全国でやりたいです。 全国、地方公演たくさんやっていきたいし、この間も「アメリカでやりたい!」とオバマ前大統領に手紙出したくらいですから。いつか夢を実現できるように、私達も1歩1歩歩んでいきたい、そんな感じの「残夏」を育てていきたいなと思っています。

プロデューサー 大橋ひろえ

 

夢のアメリカ公演を目指して


野﨑:まぁアメリカは行くでしょ!軽く。
大橋:行く?!(笑)行けたらいいですね!
野﨑:みんなで、リュックしょって、「残夏!残夏!」って(笑)
大橋:どうします?予算が無いから飛行機はダメだから船で行きましょうってちょっと楽しいですよね!
野﨑:船旅ナイス!良いですよ!行きましょうよ。
大橋:行きたいです。でも、どうしよう?私この間、オバマ前大統領からの返事は無いと言ったけど、もし来たらどうしよう?来たら鼻血ブーですよ!
野﨑:次の1手を打つのですよ!そして、芝居を持っていく。面白いのは別の大陸でやってみることですよね。これは私自信を持って言える。
大橋:そうですよね。海外公演をやると日本の公演も増えますよね。
野﨑:キャストのみんながあと10歳年取っても、みんなちゃんと体力温存しておいてね。
大橋:そこが問題ですね(笑)
野﨑:大丈夫!俳優に年齢関係ない!
大橋:本当ですか!?これ面白い、楽しみですよこれ。この先がどういう風に繋いでいっていけるかってことが。
野﨑:まずはみんなで、行きましょう!2年後はアメリカ公演やるそうですから。
大橋:野﨑さん!ちょっと気が早いですよ。
野﨑:オバマ前大統領から招待状!待とう!(笑)
 

オバマ前大統領へのお手紙

――世界に向けて羽ばたくために、まずオバマさんから(笑)

 
野﨑:私ね、ここに稽古のために朝来たら、ひろえちゃんが「もう~、野崎さん聞いてくださいよ!私はもう朝から今日は大変だった!!もうね、某新聞社の記者に連絡していたんですよ。そしたらね、いい企画だからね、オバマ前大統領に手紙を書けって言われたんです!オバマ前大統領に書くのですよ手紙を!あのオバマさんですよ!どう思います??私もう悩んで悩んで!」って。
 
野﨑:私オバマって聞いた時に、日本の小浜っていう町あったじゃないですか!「…あの~、原発あるけど、小浜に書くの?」とちょっと思った。そしたらオバマ前大統領のことを喋っていて、「この人…ホントにやるのかなぁ~?!」と思った。で、やりました(笑)
 
大橋:やりました、はい(笑) そこからずっと考えましたよ。「え~?何がいい?あまり長く書いてもなぁ、でも、どこ削る?どこ加える?ん~!?」って、悪戦苦闘した3日間。
 
野﨑:それで、みんなそのこと知らなかった。ひろえちゃんが「皆さん!!今日、やっと、オバマ前大統領に手紙を書き終わりました!!!」って言ったらキャストみんな「…………??」って(笑)
 
大橋:みんなキョトンとして反応が薄くて、「え?これだけ??わぁ、寂しい」って思いましたもん。でもそれも楽しかった、書くことも。
 
野﨑:便箋も選んでねぇ。
 
大橋:1時間もかかりましたよ。今までこんなことない!普通だったらそこにある100円ショップで買えばいいじゃない、パッと取って「はい、これ」でいいじゃない。だけど相手がオバマ前大統領だと「これは読んでくれないだろうなぁ。これがいいかな。普通でいい、普通の方がいい、でもちょっとなぁ!あぁ~!!」と悩んで「もういいや!これ!」って、1時間。
 
野﨑:でも「悩んだ甲斐があったね!」っていうことになるよ!
 
大橋:そうなってほしい!なってほしいくらいです!だから、手紙って重いなぁと思った、ある意味。今メールがすごく楽じゃないですか?でも手紙となるとまた違いますよね。重みを感じます。


野﨑:今の幸せの基準をもう1回考えたい
大橋:新しい「残夏」として見て頂きたい


――そろそろ締めていきたいと思います。お客様に向けてメッセージをお願いします。

  • 大橋:やっぱり、ヒロシマとナガサキで起きたことは、本当に遠い話じゃない。計算すると72年前の話です。私の親とおじいちゃんおばあちゃん辺りの方々が経験していることで、すごく身近な問題であって、彼らが残した歴史を私達は無視することはできないと思います。「あの日」のことがあったことを踏まえて、これからどういう風に生きていくかというヒントにもなるんじゃないか。そういうところを見て頂きたいなと思います。

    今回の「残夏」は再演という形ですけれども、再演ではなくて新しい「残夏」として見て頂きたいと思います。

  •  

    野﨑:1925年に日本に戦争が起きた、起きて終わったということ、何も無くなっちゃった、自分の家も何も無くなってしまったという思いをした人々が大勢いたと思う。そこから72年かけて私達はいろんな欲望のままにというか、良い国を作りたい、幸せになりたいという根本的な思いの元に頑張ってきた。結果、今周りを見てみると、文明と言うのかな、何かが進化してきたが、忘れているというか、退化したっていうモノもどこかにあると思います。だからそこをもう1回振り返って出してみることはやっぱり大事だなと思っています。

    今の皆さんにこれをお届けする時に、「本当に幸せになることって、お金持ちになることかな?」、あるいは何か名誉を貰ったりとか、あるいは自分の欲望ですよね、車が買いたいとか家が買いたいとか。これは個人個人あるのですが、「それは本当に幸せになるということなのか?」ということも共に考えていきたいなと思います。

    72年前に何も無くなったところから今までの間に先輩達が立ち上げてきた力って多分あると思う。今の幸せの基準というか、何をもって私達は次の世界に幸福感を伝えていくのだろうかということを、もう1回考えたいなと思ってますね。

    幸福感は人それぞれだと思いますが、でもそれを含めて、どんな方が劇場にいらしても私達から伝えていきたいです。

 

大橋ひろえと野﨑美子


 
 
取材/文 田端夏海  写真 佐々木優佳   手話通訳 江崎裕子 森下純子
 
 

野﨑美子(のざき・よしこ)
演出家、アクティングトレーナー。イギリス・ロンドンの王立演劇アカデミー(RADA)やロシアのモスクワ芸術座付属演劇学校などで俳優教育を学ぶ。現在はアマチュア演劇の演出、障害者と健常者が共に体験するワークショップを数多く行う。

 
 

大橋ひろえ(おおはし・ひろえ)
「聞こえない国」の女優。高校卒業時から自主映画制作や手話演劇を行う。1999年、俳優座劇場プロデュースの「小さき神のつくりし子ら」に主演。その後渡米し演劇・ダンスを学ぶ。2006年、サインアートプロジェクト.アジアンを発足。以来手話演劇のプロデュース公演を続ける。


「残夏-1945-」公演情報
公演日:7月5日(水)〜9日(日)
劇場:座 高円寺1
チケット:一般4000円
シニア(65歳以上)・学生(大学生以下)3500円